ラブレターズ

その170(2003.12.3)2003年江戸古地図の旅

12月2日夜8時から、BShiで標記のタイトルの番組が放送された。
紀州藩の下級武士である酒井伴四郎という人物(実在)が、現在の東京にタイムスリップするという設定で話が進んだ。
この酒井伴四郎という人は、江戸に来るとすぐ人気の地図を手に、江戸のあちこちを見て回り、国許に残した娘への土産を買い、名物の菓子やうまい料理を食べ、それらのことを事細かく日記に記した。そして、その日記が当時の下級武士の生活をわれわれが知る資料となったそうだ。そしてその日記は番組中で何度も画面に出てくる。
それにしてもこの日記、現在あちこちにある日記サイト(Love Lettersもそうだが)とよく似ている内容で、どこどこの酒はたいそう高かったとか、どこどこに行って「犬のくそを踏んだ」とか、そんなことまでということを、紙の余白も惜しむほどにギシギシに書いている。毎日毎日、仕事はどうしたと思うほどにあちこちを見て回っている。当時の下級武士の仕事はそれほどにヒマだったらしい。

この日記、売ってないのかなぁ。テレビで紹介された部分だけでも面白くて面白くて。原文は筆文字なのでとてもじゃないけど読めないけど(でも字は上手)、出版されると結構ヒットすると思うんだけどなあ。日記と一緒に、この几帳面な武士が書いたこづかい帳も。
と思って検索してみたら、結構あるある。勤番武士酒井伴四郎に関するサイトが。特に
https://www005.upp.so-net.ne.jp/shigas/HOMPG413.HTM

https://www005.upp.so-net.ne.jp/shigas/HOMPG420.HTM
を読めば、この侍の面白さを垣間見ることができるだろう。でも、ここに書いてある原典は売ってないようなので、図書館に行くしかないのかしら。

2008-09-12
今、青木直己著『幕末単身赴任 下級武士の食日記』を読んでいます。
2005年にNHK出版から出ていたのですね。
手ごろな大きさなので、電車の中でも読めます。
読んでいると伴四郎の日記文だけ読みたいと思いますが、やはりそれなりに難しいし、背景も知りたいので、解説はありがたいです。でも、やはりある時点でまとめて日記文だけ読みたいですね。書いている伴四郎の喜怒哀楽が見えて面白いので(^^)


その169(2003.11.28)『ウェディング日記』 

林真理子が結婚したばかりの頃の雑誌の連載を集めたものが、標題のタイトルで角川文庫から出ている。その中には、標題のウエディング日記と、新妻日記、わびさび日記が入っており、いずれも新妻真理子さんのハシャギぶりをたっぷりと味わわせてくれる。
文体は全体にとっても親近感がある。読みながら、ウンウンとうなづいたり、ニヤニヤと笑ったり、まあ、全体に顔がほころんでくるというか。それにしてもここまで書くなんて、そのサービス精神と気取らない性格に感嘆する。まあ、いろいろ書くよりはまずは読んでもらった方がいいかもね。
1つだけ書くと、新妻日記の最後は旦那さんのこの一言で終りになっていることでその甘さぶりを想像してもらいたい。
「そりゃ僕がデキてるからさ。僕のすばらしさは、キミが一生かかっても書きつくせるもんじゃないけど、人のひがみを買うからもうやめときなさい」


その168(2003.11.26)『ロストワールド』 

映画ではなく、林真理子の小説の話だ。
『ロストワールド』は、バブル期に時代の寵児ともてはやされた人物の妻だった女性が、その後子供1人を抱えて脚本家になり、バブル期の頃のドラマを書くことになって…というお話だ。

この作品の中で主人公は、自分のことをドラマにするつらさと、視聴率というものによって脚本を捻じ曲げられる苦痛を味わいながら、なんとか脚本家として生活できる見込みが立つようになるのだが、その過程で2人の男性から求愛される。
1人は前夫の友人、もう1人は若い役者。それぞれの求愛の特徴を対象的に描きながら、主人公がどちらを選ぶのか、読者は主人公と一緒に悩むことになる。この小説では最終的には女性の感覚、もっと言えば本能にゆだねている。
それぞれの男性に対する主人公の感覚、これは理屈ではなく、無意識の中で選択が行われる。本能が命じる貞操観念というべきか。誰が一番大切なのか、本能が選ぶというべきか。この感覚は、結婚したことのある女性なら共感できるのではないかと思う。

それにしても、視聴率というものがテレビ局の人間のいかに大きな価値判断基準であるかが実感させる小説だ。視聴率のためなら、準主役の俳優を途中で死なせることもいとわない。最近発覚した日本テレビのプロデューサーの事件とあわせると、「視聴率がすべて。視聴率のためなら何をしても良い。」とまで思っているのではないかと思える。
この場面を読んで、『空から降る一億の星』を思い出した。井川遥を途中で自殺させて、何とか最終回は高視聴率になったが、そのために深津絵里など特に第1話と途中からのキャラが全く変わってしまっている。最後はキムタクと深津絵里の魅力で何とかまとまったが、それにしても無駄の多い作品になったことは否めない。それもこれも、前評判に対してあまりに期待はずれなスタートだったせいだろう。このメンバーを揃えたのだから、なんとしても高視聴率をマークしなくてはならなかったのだろう。そのために何が行われたかが視聴者にもみえてくる代表的な事例だ。
このドラマについてのリアルタイムの感想は、その87に書いてある。

この小説は仕事の面でとても勉強になった。フリーの脚本家としてどのように立ち回るか、どのように運をつかむか、やはりフリーとして作家をしている作者の知恵を垣間見せてもらえた気がする。


その167(2003.11.19)父母の青春 

『本を読む女』を読んで以来、子供の頃に母が言ったこと、父が言ったことなどがふと頭の中によみがえってくることがある。
たとえば、子供の頃によく家に来たおばさんのこととか、そのおばさんが帰った後に母が私に話したこととか、父が意外に物知りで、どうしても偏りがちな我が家の食生活に、何気にアドバイスをしていたこと、それらをいろいろ組み合わせると、ああ、そうだったのかと思えることがある。

子供の頃に来たおばさんは、父母が知り合った会社の同僚だったらしい。そう。父母は社内恋愛で結婚したのだ。で、どうやらそのおばさんは母の友人であり、父のことが好きでもあったらしい。
こう言っちゃ何だが、昔のアルバムなどを見ると、父はなかなかハンサムだった。子供の頃など、父兄参観では母よりも父に来てもらいたかったくらいだ。本人もそのことを自覚していて、それがちょっと鼻についたりするのだが(^^;まあ、確かにモテたのだろう。7人兄弟の次男で、教育は長男に集中したが、次男の父もそれなりには大切にされていたようだ。その会社に入る前の経歴は結構良かったりする。でも、本人も良く言っていたが、次男の中だるみ。何があったのか知らないが、長男のようにまっすぐな道にはならなかった。その分か何か知らないが、ウブな女性に「ステキ」と言わせるくらいの話術はあったようだ。
一方、母もアルバムをみるとなかなかだったりする。『夢みる葡萄』ではないが、友人と並んで水着で写っている写真があって、なかなかいいプロポーションだ。水着も、当時のものはミニスカートのようなワンピースだが、ドラマのものに比べて、今見てもそんなに違和感のないデザインだ。別の写真には父の字で、「こんなにきれいな時もありました」などと書かれていたりする。父もマサノリと一緒で結婚した後の妻に対してサギサギと言いつづけてきたのだ。
たぶん水着で写っていた頃が母の青春のピークだったのではないだろうか。よく、会社の帰りに友達としょっちゅう映画を見たという話をしていた。所帯やつれした母が言っても、娘にしてみれば全く現実のことと思えなかったが、今になってみると、そういうこともあったのだろうと、素直に信じることができる。

父の物知りは本当に意外で、中学のときに私に読ませる小説について吟味して、合計11冊も選んだのだが、吉屋信子の『花物語』がリストにあったのを見て「吉屋信子なんて読んだら男を馬鹿にするようになるからダメ」などと言ったりしていた。
『本を読む女』の中でも、ボーイフレンドが主人公の吉屋信子好きに不快感を示していたが、私自身吉屋信子の小説は読んでいないので、どうしてなのかいまだにわからない。本屋で探してみても、売ってないし。


その166(2003.11.13)『本を読む女』 

林真理子著『本を読む女』を読み終わった。今、NHKでやっているドラマ『夢みる葡萄』の原作だ。内容は林真理子の母親の半生を描いたものだ。
『葡萄が目にしみる』のときは荒削りで、ただ自分に起きたことを書いていたような、ストーリーという点ではいま1つわからない部分があったが、この作品は、主人公を1人の魅力的な人物として、完全に客体化して描いている。自分の母親のことをここまで冷静に書けるというのはすごいことで、特に父親についての描写は、完全に娘という立場から離れたものだ。だが、よく読んでいると、それは作者本人の性格とダブる面が出てきて、これは母のことを書きながら自分も描いているのではないかという思いと、はたまた、作者は母の影響をこれほど濃密に受け継いでいるのかという驚きを感じながら読み終えた。
お母さんは山梨で生まれ、途中東京、相馬、大陸と動いたが、帰国してからはずっと山梨ということで、しかも作者自身もずっとその土地で育ってきたわけで、そのことも、ヒロインの中に作者もみえてくる1つの要因なのかもしれない。

それにしても、特別大きな夢を持つわけでなく、しなやかな自分というものをもって、流されているようである部分では決して流されない。それは本を読んできたからという1本筋の通ったこのヒロイン像はとても共感がもてる。そして、この時代や、万亀より10歳位若い世代で女学校やそれ以上の教育を受けた女性の中には、多くの万亀がいたことだろう。
私の母はあまり適格ではないが、姑にはこの本を見せたいと思った。早速我が家の共有書棚に置いておこうと思う。