ラブレターズ

その25(2001.06.22)小泉メルマガ

首相官邸からメールが来る!
画期的な出来事ではないだろうか。
目安箱は現代になって双方向になった。しかも御上の方から発信する。
このメルマガ、
総編集長:内閣総理大臣小泉純一郎
編集長:内閣官房副長官安倍晋三
となっている。
6月21日のメルマガは、総理本人、坂口厚生労働大臣、森山法務大臣の文章があった。先日のハンセン氏病問題の登場人物たちだ。私は特に坂口大臣の記事がとても面白かった。
総理の文章など、敬体常体入り混じったところが手作りの感触があって、これまた良い。
あとがきも、最後の署名に(晋)とあるあたり、とても親しみが持てる。
ついこの間まで、政治がこんなに人気の話題になるなんて、夢にも思わなかった。

その24(2001.06.11)『私を温泉に連れてって』 

毎週水曜9時からの『私を温泉に連れてって』を、楽しく見ている。
東京で楽しく暮らしていた主人公が突然古びた旅館のおかみちゃんになって、いろいろなことにぶつかりながら成長していくという話だ。
この物語で、まず中井貴一扮する夫がなぜ観月ありさ扮する一見チャランポランに見える女性を見初め、なぜ彼女のためにこの古びた旅館を残したかということが、くだくだ説明せずにサラリと表現されている。女将としての彼女の資質を。
私の好きな小説家の1人に平岩弓枝がいるが、この人の小説に、『女たちの家』という作品がある。
五十を目前に世間知らずの主人公が、生さぬ仲の息子との遺産のトラブル、続いて、夫の元同僚に退職金を巻き上げられそうになったりしたあと、甥から ペンション経営の誘いをうけ、ペンションの女主人として生きていく話だ。
この両方の主人公には、ある共通点がある。
それは、人を信じること。
もちろんだましにかかってくる人もいるが、そのなかで、誰を信じ、誰に頼るか、人の心理のあやも含めて、いろいろ教えられることがある。
仕事などでも、とかく肩肘を張りたくなったりするが、いろいろなところでやはり人に頼るべきところが出てくる。このようなしなやかな生き方、いいなぁ。

その23(2001.05.25)『楯』と『被写体』 

二谷友里恵が『楯』という本を書いた。なんで今ごろという感じもしなくもないが、ダディの騒ぎの渦中何も言わずに通してきて、なぜ今ごろになって本を出す気になったかが、書いてある。子供に言われた一言がきっかけだそうだ。子供を守るためということが何回も書かれている。でも、本の中身はそれにとどまらず、自分という人間を理解してもらいたいという気持ちがちりばめられている。そのために、両親のことまで筆が及んでいる。これにはいろいろな意見があるのではないだろうか。
郷ひろみという人は、芸能人として自分で自分をプロデュースしてきた人。それに対して、二谷友里恵はいつのまにか嫌悪感を持つようになったのだろう。好きだったときは気にならなかったことでも、鳥肌が立つほど嫌になってしまったのだろう。人から見たら、何でそれほどまでに目くじら立てるの?と思われることでも、彼女にとっては耐えがたいことだったのだろう。
いくらお願いしても、抗議しても、全く理解してもらえないつらさというのもあるだろう。相手からしたら物差しが元から違うのだから、なぜそんなにこだわるのかが全く理解できない。文章にすることによって、多少は「そうだったのか」と思ってもらうことはできただろうか。書かなくてはわからないということもある。郷ひろみ次第である。

以前、三浦友和が『被写体』という本を出した。マスコミとの攻防、その間の心理、家族は絶対守るという意志などが書かれていた。マスコミに対して戦っていた間、周囲から「そんな仏頂面ばかりしてたら損だよ」と盛んに言われたことなども書かれていた。もう以前のように家の周りをマスコミが取り囲むこともなく、すっかり静かになって、ようやくその間のことを書こうと思ったようだ。この本がもし今回の「楯」のように騒がれたら、またまた本末転倒で困ったことになったとは思うが、幸いというかなんと言うか、静かな反応だった。今、三浦友和はスーパー部長などで頑張っている。
人間、心の中に溜め込んだ鬱憤は、どこかで吐き出さないと気持ちの区切りがつかないのかもしれない。そのことによってまた更に傷つくということもあるのだが。
二谷友里恵は『愛される理由』『ダディ』を封印してきたという。今出版されている『楯』もたぶん封印されることだろう。

その22(2001.05.23)ハンセン病 

子供の頃、祖母がこの病気の人の話をよくしていた。 だから、この病気になった人たちが大変な差別を受けてきたことは祖母の言葉の端々から体感している。
この病気の感染力は弱く、終生の隔離を必要とするものではないということがわかってからも、人々の意識に植え付けられたこの病気の患者に対する差別意識からか、1996年までらい予防法は廃止されなかった。1955年のローマ宣言、1958年の第7回国際らい学会議(東京)から実に40年かかったのだ。
今回、各地の訴訟のうち1件が解決することになった。厚生大臣は、「控訴して和解」などということになったら辞任する覚悟だったようだ。省内と自分の意見との間で随分悩んだようだ。この解決で、あちこちに笑顔が見えたのがさわやかだ。
田中外相のこともあってか、各大臣は随分気を遣っていたような気がする。今回のことは外堀から埋めていって、世論の高まりを受けて無事解決した。それに伴い田中外相も少し元気を回復したようだが、まだまだ大変なことには変わりない。国会では弱いものいじめのように田中外相に攻撃が集中している。首相が崩れにくいので、弱いところを攻めようという気持ちがありありだ。これからは仕事をきちっとするかどうかを見られるだろう。「新人なので」などと言っている場合ではないと思う。

その21(2001.05.15)田中真紀子外相 

なんだか凄いことになっている。
これは「建前・根回し重視、変わること嫌いグループ」と、「建前・根回しくそ食らえ(きたない言葉でごめんなさい(^^;)、変えるべきは変える人間」の戦いでもある。
このような中、田中外相はやはり少々パニクっているようである。国を代表する人間、上に立つ人間として決して公で言ってはいけないことをもういくつか言っている。こういうとき、建前・根回し組は「だから○○は感情的で困る」とか言って溜飲を下げようとする。
「官僚が再三の催促にも関わらずうんぬん」というのは、いきなりこれだけ挑戦的なことをされれば官僚側としても「ならばこちらはあなたには協力しません」と出てきた結果もあるのかもしれない。ここで従来の建前・根回し重視型の人間ならば困り果てるところだ。だけど、田中外相はそうではない。「困ったものです」と、ケンカを拡大する。
この戦いの発端となった人事の問題もそうだ。建前・根回し重視型のグループからすれば、「やってしまえばこっちのもの。今まではそれで通った。」というところだろう。徒党を組んでいる方はそういう考え方をする。だが、建前・根回しくそ食らえ人間からすれば、これほど怒りを誘うやり口はない。
今日の元外務官僚の国会での発言。曰く「虚言癖・精神分析うんぬん」こういうことを言う人間は、はっきりいって小さく見える。でも、既に内部ではこれに近いことを言われているだろう。ケンカのときに、相手の人格まで否定しようとする人がいる。相手に精神的ダメージを与えることで口をふさごうとする卑劣なやり方だ。徒党を組んでいるグループの中でこういうことを言う人間がいた場合、徒党を組んでいる方は「そうだそうだ」となる。でも、国会という公の場でこれをやったらねぇ。
こうなるともう感情対感情で、一国民としては「う~む」と思ってしまう。
幸い田中外相は首相やその他の援護もあり、全く孤軍奮闘というわけではないので、何とかいい方向に向かってくれればいいなぁと、一国民として思っている。

2001.05.17 正念場。さすが田中真紀子。フレー・フレー!!
2001.06.01 首相の取り持ちで一件落着。
もういいかげんにしないと、あんまりだものねぇ。
一時間くらい話をしたらしいから、お互い言うだけのことは言ったのだろう。
でも、すんなりいくのかなぁ。
2001.06.05 あ~あ、やっぱり…あからさまに戦い始めたねぇ。
でも、橋本派、外務省、やればやるほど裏目だと思うけど。
はっきり言ってみっともない。それ~って攻撃して、突っ込まれたらしぼむ(^^;
さらにいただけないのが、そのたびに外国に証明してもらわなくてはならないこと。いったい何をやっているのか。なんだか恥ずかしいねぇ。
でも、真紀子外相もまあ、協力を拒否されるだけのことは言ってきたから(^^;ただ、それって親の仇とか、なんだか背景があるようね。
2001.12.11 海外青年協力隊員に指輪をもらって上機嫌ってニュース見たけど、あの表情いいわ。
ずいぶん前に電波少年で、松村か誰かが土下座をして何かを頼もうとすると、何度でも出てきて止める姿を思い出したわ。人の良さを感じるのよ。
指輪を、どの指に入るかいろいろ試しているときの表情。相手の好意に素直に喜びを示せるというのは、美質だと思う。

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