『ニシノユキヒコの恋と冒険』を読んだあと、まだ何か釈然としないところが残った。そこで、試しにマサノリに
「ニシノユキヒコは、結局誰のことが一番好きだったと思う?」
と聞いてみた。帰ってきた答えは、
「一番最初の女の子じゃない? あれでつまずいて、トラウマになっちゃったみたいな」
中学時代に、付き合わない? とニシノユキヒコが言ったのに、付き合ってくれなかった女の子だというのだ。
あまりの意外さに一瞬「へ?」と言ってしまった。その後、すぐに「あー、そうだったのか」と思った。
私はてっきりトラウマはお姉さんだと思っていたのだけど、そうではなかったんだ。もちろん、お姉さんもその一部ではあるけれど。
そうか。ニシノユキヒコとその彼女が会ったのは決して偶然ではなく、ニシノユキヒコは知っていたんだ。彼女がそこで何をしていたのかを……。
そう思って再び読んでみたら、あった。その証拠が。それは第2篇に出てくる。ニシノユキヒコは、彼女がそこで埋めたものを見ていたのだ。
あー、そうだったのか。あの約束は、そういうことだったんだ。あの約束は母親にではなく、娘の方が目的だったんだ。
川上弘美著、『ニシノユキヒコの恋と冒険』という小説を読んだ。恋愛小説はあまり得意としないマサノリが、この著者の名前をこのごろ良く見るということで読み始め、珍しく私に勧めてくれた作品だ。
この本は、10篇の短編小説でできている。いずれも、ニシノユキヒコという男性と関わった女性が、彼との関わりを1人称で淡々と語っているものだ。あまりにも淡々としているので、ちっとも冒険という感じがしない。
帯に書いてあるから書くが、このニシノユキヒコという男性、どうやら女性を本気で愛せないらしい。愛せないとは書いてはいないが、どうも無意識に愛されることを拒んでいるように思われる。それが、エピソードを重ねていくことで表現されていく。
それでも数多くの女性遍歴の中から、その行動の割には意外と普通の感覚を持っているニシノユキヒコは、結婚しようと思ったことが2、3度ある。が、はたして本当に結婚しようと思っていたかはかなり疑問だ。
そして最後の女性。彼は幸せだったのだろうか。それとも…
ある意味幸せだったのだろう。それが彼のたどりついた女性の愛し方だったのかもしれない。
そして最後の最後。彼はきっと満足だったと思う。もしかしたらこのときを、彼自身が一番待っていたのかもしれない。この突然の出来事は、神様が、もしかしたらニシノユキヒコ自身が自分に与えたプレゼントだったのかもしれない。
私にはそう思える。
小説の中では、それぞれの主人公が出会ったりしている。そこで繰り広げられる女性同士の「国家外交にも匹敵する」言葉に表れない戦いがリアルだ。でも、その場にいる男性は、そんなこと気づかないんだよな。
2004.05.19
あー、迂闊だった。
この短編集は、だいたい時系列になっているのだが、冒頭の作品と最後の作品だけ時系列ではない。
そうなのだ。これが重要だったのだ。作者は最後の作品で、明確に答えを出しているではないか。
最初の作品で問いかけ、最後の作品と、その前の最後の女性の作品、この2作で答えを出している。
それに気づくと、その間にはさまる他の作品1つ1つが、ニシノユキヒコという難解な人物の理解を助ける大切なエピソードになる。
「あ、夏美? お母さんだけど、今日出てこられないかな?」
久しぶりに来た母からの電話は、原因不明の食欲不振と歩行困難により長期入院している父への見舞いの催促だった。そういえば、前に病院で父の手の爪を切って以来、忙しさにかまけて見舞いに行っていない。あの時もう1ヵ月以上は経っただろう。
父はもともと周囲が聞きにくいと思うくらいの毒舌家だったが、ここ数年妙におとなしくなっていた。そして今回の入院。年を取って、体のあちこちに故障が出てきたため、たくさんの種類の薬を飲んでいたのだが、どうもそれが影響したかもしれないということで、今回の入院に際して、そのうちのいくつかをやめた。
久しぶりに見た父は、一時は寝たきりになるのではないかといわれていた体調がすっかりよくなり、病院内を歩くこともできるようになっていた。それに伴い、しばらく影を潜めていたあの「毒舌」まで復活していた。父にかかれば周囲のほとんどの人間は自分に悪意があるか、底意地の悪い人間ということになってしまう。それなのに若い女性に対する愛想だけは良い。
病院に着くなり、足の爪を切ってくれといわれた。前回の爪切りがとてもうれしかったらしい。
手はいいが、足となると、夏美にもそれなりに覚悟がいる。特に、父の足の爪を切る場合は。
爪白癬のために硬く肥大し白濁した爪は、まず最初の1切りでフワッと粉を吹き上げた。さらに、ひどい巻き爪のため、それを皮膚から離しながら切るのは容易なことではない。母から受け取った小さな爪切りでの作業は困難を極めた。
父はかなり大げさだ。ちょっと歯が皮膚に当たっただけで飛び上がらんばかりだ。そんな中、とうとう親指の爪と一緒に皮膚も切ってしまったときは、「痛い痛い痛い痛い…」と続く派手な声を早く止めようと、夏美の方もさらに大きな声で「ごめんごめんごめんごめん…」を連発した。看護婦さんに爪切りをお願いしても「あ、まだ伸びてないですね」とやんわり断られるのも当然だ。
ようやくおとなしくなったところで再び爪を切りながら、夏美は中学生の頃の出来事を思い出していた。
父がおもむろにセロハンの袋に入った作務衣らしきものを大きなカバンから畳の上に出した。何でも、会社の人から「奥様へ」といただいたものだそうだ。その作務衣らしきものは、かなり地味な柄のついたものだった。
母の年齢は、もうすぐ40歳になろうという頃だ。今でこそ、おしゃれ感覚で作務衣をということもあるかもしれない。が、いただいたものは40前の女性が好んで着るようなものでは決してなかった。
どういう趣旨でいただいたのか、妻と娘に聞かれて、父はうつむきながら何だか訳のわからない説明をしていた。
畳の上で中途半端に浮いている1枚の作務衣。夏美には、この作務衣からいろいろなものが立ち上ってくるような気がした。
結局この作務衣は着用されることはなかった。
夏美は爪を切りながら、「もっと痛くしてやろうか」と思った。
先月半ば、突然Dドライブにエラーが出た。以来、起動するたびにこのエラーが出たが、そのまま続ければ使えたので、その間バックアップを取りつつ様子を見ていた。それでも、今月上旬になると、今度は異音が出てきたので、メーカーのサポートに修理を依頼した。
電話した翌日午前中に交換するハードディスクが届き、夕方、はるばる群馬からエンジニアの方がいらして、交換していった。
購入してまだ1年半経っていない。初めは私のミスでハードディスクが壊れたのかと思ったが、どうやら初期不良だったらしい。この修理によって、1ヵ月間、胸につかえていたものがようやく取れて、すっきりした。
ところがその1週間後の夜、今度はC、Dどちらも見つからないというエラーが出た。ちなみに、CドライブとDドライブは別々のIDEハードディスクだ。
こうなると何をやっても立ち上がらない。メーカーの診断プログラムを使って調べてみたところ、Cドライブは問題なかった。ところが、あるはずのDドライブが見えない。どうやら交換したばかりのDドライブにトラブルが生じたらしい。その後一度は正常に立ち上がったが、これでは不安なので、夜9時にメーカーに修理依頼の電話をしたが、案の定、翌日までに再び同じ現象が発生した。
翌朝、必要になりそうなパーツが送られてきて、午後一番に今度は近くからエンジニアの方がいらした。
まず、Dドライブのケーブルを交換後、テストしたところ、2、3回の起動で元の現象が再現。では、ということで、今度はマザーボードを交換。やはり2、3回の起動で元の現象が再現。結局やはりDドライブが邪魔しているらしいということで、再びDドライブを交換して、ようやく直った。
今回の場合は、Dドライブが何か邪魔をしていたらしいのだが、なぜCドライブまで一緒に見えなくなるのかが謎だった。エンジニアの方もそこが不可解だったらしく、作業時間は1時間を超えた。結局何だったのかは、今ひとつわからない。
エンジニアの方が帰った後、自分で起動。何と、Dドライブが見えない。今回は認識までの作業はしていったが、初期化はしていなかったのだ。ということで、自分で初期化。今のところ、問題なく動いている。
仕事で使うパソコン。24時間対応の保守サービスを購入しておいて、助かった。
もっとも、初期不良がなければこんなことにはならなかったんだけどね。
22日のコンサートの前に、武道館の駐車場に車を置いてから、神保町の共栄堂までカレーを食べに行った。
このカレー屋さんには、出版社に勤めていたころ、会社帰りに谷崎関係の本を古書店街で探してたときによく行った。初めて入ったときはスマトラカレーと焼きりんごを食べたのだが、ここがガイドブックなどによく載るお店だということは、後で知った。
古書店街のカレー屋さんというと、ボンディがまず浮かぶが、ここは店の雰囲気といい、カレーの味といい、ボンディとは対照的だ。
店は外から見える半地下のガラス張りでとても明るい。テーブルはシンプルで、中は普通の食堂といった雰囲気だ。
今回はタンカレーをいただいた。ウスターソースを思わせるスマトラカレーの黒いソースに、やわらかく煮込んだブツ切りタンが入って、その上に生クリームがトロリとかかっている。このブツ切りタン、とてもおいしかったのだが、鶏の皮が苦手な人はやめておいた方がいいかもしれない。
他にはポーク、チキン、エビ、ビーフなどのカレーメニューと、ハヤシライスがある。
ソース大盛とか、ライス大盛とかもあったようだが、ここのカレーはご飯が多く、ソースも結構辛口なので、普通盛りでも十分満腹になる。初めて行ったときには焼きりんごまで食べたものだから、かなり苦しくなったことを覚えている。
焼きりんごは季節物なので、このメニューがある季節に行ければ、ぜひ注文したい一品だ。ただし、カレーを食べた上に1コ丸ごとの焼きりんごは結構ハードなので、2人で1コ頼むくらいでちょうどいいかもしれない。