ラブレターズ

その55(2002.1.4)実家の母

きのうは夫と2人で実家に行ってきた。久しぶりに会う両親は、とても元気だった。特に母は前に会った時より肌がつやつやしていて、少し若返ったような気がした。何でも、みのもんたの勧めに従って毎朝グレープフルーツを1個食べているのだそうだ。
その母がつい最近めまいがするので医者で脳の検査をしてもらったそうだ。何でも、今は脳の検査が1日でできて、結果もその日にわかるのだそうだ。で、医者に言われたことが、
「60代の脳には見えませんね。とてもきれいな脳です。
あ、何か問題があった方が良かったですか(笑)」
めまいはたぶん過労のせいだといわれたそうだ。
母はもともとよくめまいを医者に訴える。具合が悪いイコールめまいのような気さえする。でも、そのたびに、大抵は「過労」という結果がでる。
こんなこともあった。母は60の声を聞いてからエアロビクスを始めた。そのことをとても楽しそうに話す。でも、45分のエアロビクスを2セットもやるのはいくら何でもやりすぎだ。これを週に4日くらいやっていたらめまいがしたそうで、医者に行ったら、もちろん過労といわれた。普通限度というものがあるでしょう。限度というのものが…(^^;;
このごろ母はクイズ番組をよく見るそうだ。それがよく当たるのだそうだ。 「クイズ$ミリオネア」などは特にお気に入りのようだ。これを聞いてハテナと思った。母はあまり雑学は得意ではなかったはず…。何しろ勉強するころは戦争中で、学校どころではなかったのだ。でも、このごろはよく当たるのだそうだ。そして曰く
「年とって頭がよくなってもしょうがないけどね」
いやぁ、いくつになっても頭がよくなることは良いことだと答えた。
結婚する前は、正直なところ母のことを働くばかりであまり面白みのない人だと思っていた。あまり積極的にしゃべることもしないし。でも、話を聞いている夫の表情を見て思った。
「ひょっとして癒し系?」
父の前では固い表情の夫も、母の話を聞いてるときは思わず顔をほころばせたりしている。

その54(2001.12.28)村石有香(ゆかりん) 

きのうは調布のginzまで、 「アタック2001九州TRIO年忘れsession」を見に行った。
メンバーは 鈴木よしひさ(g)小森啓資(ds)池田達也(b)の九州出身トリオと、ゲストに村石有香(vo)、扇谷研人(key) 他のメンバーによるセッションだ。
開場するまで、30分ほど外にいたが、そのとき夫に
「この間の結構年齢のいった人がすごくよかった。ジャズはある程度年齢を重ねないとむずかしいのかなぁ」と、つい先日六本木で見たライブで歌った人のことを言ったら、夫は
「でも、感情はこもるけど色気がない」
と即座に答えた。
出た!マサノリ流毒舌!!
ライブが始まって有香さんが出てきたとき、ここ何回か見たときに比べてメークがナチュラルで表情がわかりやすく、とてものびのびと歌っていた。ジャズスタンダードのレパートリー2曲と、初めて歌う歌3曲の計5曲位だっただろうか。もちろん他の3曲ものびのびと歌っていてすばらしかったが、この今までも歌っていた2曲(「Love For Sale(恋、お売りしますわ)」「Softly, As In A Morning Sunrise(朝日の如くさわやかに)」)がとても素敵だった。今回は旦那である村石さんがいないから、この意味深な歌詞をのびのびと歌えたのかしら。って違うか(^O^)
それにしてもこの2曲、とても新婚さんが歌う曲とは思えない。歌詞を調べてみたが、うなってしまった。やはりこれを夫の前で歌うのは、意識してしまうかもしれない。
でも有香さんは、こういう詩の曲に、より興味がひかれるのかも。
ライブの中で有香さんの誕生日(12月10日)を祝うシーンがあったが、年齢を聞かれて、
「 いい感じの年になってきました、面白くなってきました」と答えたり、
自分の星座のことで、
「今まではいて座で恋のハンターとか、そういう感じだったのが、今はへび使い座ということで、これは慎重な頭のいい感じだそうで、どう生きたらいいのかわからなくなりますね。まっ、気にしてないんですけどね。」
と言っていた。
これからもどんどんレパートリーを増やして、意味深な歌を次々と歌って欲しい。
終演後、有香さんとちょっとお話ができた。12月30日のBLUES ALLEY JAPAN「納浩一”プレゼンツ”ガラガラポンSESSION」に、有香さんも村石さんを見にいくそうだ。そう話す表情がとても幸せそうで、熱いなぁと思った。
2002.01.01
「恋、お売りしますわ」って、その日のライブの最初に歌うといいかもしれない。
そのステージのすべての観客を魅了する宣言。これはすばらしい曲だわ。
有香さん、ぜひライブの度にこの曲を歌って、私達を魅了してください。

2003.11.7
10月5日、男の子を無事出産したそうだ。
このお2人の間の男の子だもの、将来やんちゃな子になりそうな予感(^O^)

その53(2001.12.22)ライブの醍醐味 

今日も鎌倉の歐林洞にライブを見に行ってきた。
今日のアーティストは国府弘子率いるトリオ・ザ・ターザン。メンバーは、ピアノの国府弘子、ベースの須藤満、そしてドラムの村石雅行だ。
小規模な会場でのライブは、アーティストとの距離がとても短い。もう、目の前。細かな目の動きや表情までよく見える。それは、アーティスト側からも同じで、お客の表情の動きまでわかる。
ライブを見る機会が多くなってきて、私はライブを聞きに行くというよりも、感じに行くようになったと思う。アーティストの表情、演奏しているときの動き、視線、内側からにじみ出てくるもの。
そういう点で、村石さんはとてもすばらしい。演奏のあいだ、私もドラムと一体化して感じている。見ているこちらにそれをさせてくれるアーティストだ。トリオ・ザ・ターザンは、三人ともそういう魅力がある。

その52(2001.12.18)『あの頃のまま』 

プレッド&バターその3。
プレッド&バターといえばこの曲。言わずと知れた、ユーミンが作詞作曲した作品だ。今回のライブでももちろん歌われた。
この曲を歌ったとき、2人揃って切なそうな調子になった個所があった。
「そらさないでおくれその瞳を
人は自分を生きていくのだから」
という個所だ。胸に針を刺されるような気がした。
風貌は年月を重ねているが、気持ちは青春のままのように感じられる2人。
あらためて詩を読んでみると、ますますせつなくなってくる。この曲ができた背景については、
ブレッド&バターのサイトにある湘南スタイルマガジンVOL.3からの転載記事『わずか9坪のユートピア』に詳しい。 5ページ目のところにユーミンがこの曲を書いた背景がかかれている。
この曲のシングル発売は1979年。今回のライブのタイトルも『あの頃のまま』だった。

2003.10.14
『あの頃のまま』が、12月に出るセルフカバーアルバムの収録予定曲に入ったようだ。
ユーミンはどういうふうに歌うのだろうか。

その51(2001.12.17)『特別な気持ちで』 

ブレッド&バターその2。
スティービーワンダーのあまりにも有名な曲、『I Just Call to Say I Love You』の誕生秘話を、ブレッド&バターのライブで聞いた。
この曲、実はスティービーワンダーが、ブレッド&バターのために書いたものだったそうだ。その曲に、ユーミンに詩を書いてもらって、細野晴臣がアレンジをして、すばらしいレコードができた。もう発売するばかりになったとき、スティービーワンダー側から、ストップがかかった。あまりにも良いできなので、自分で使いたいと。結局お蔵入りになった。このお蔵入りになった曲のタイトルが「特別な気持ちで」である。
そして10年後にスティービー・ワンダーが「ウーマン・イン・レッド」という映画の主題歌にしてグラミー賞・アカデミー賞をとった。
で、今回のライブでは、後日談もついていた。
やっとオリジナルカバーでこの曲を出したけど、今度はスティービー・ワンダーが盗作騒ぎで訴えられた。そのときに、兄の幸矢さんが当時のテープを送ったり、手紙を書いたりして危機を救った。結局それは無償の行為だったわけだけれども、後でスティービー・ワンダーが別の曲を作ってくれた。それが「Remember My Love」だ。これもまたとてもいい曲だ。
この話をしている時の幸矢さんの表情、話しぶりがまたとても面白かった。ボソボソというか、ブツブツというか、無表情の表情というか。市川さんを紹介するときも、「いつも思うんだけど、カッコいいよね…」とうらやましそうに言ったときの表情、斎藤ノブさんのお話が長くなったときに、急にボソっと「長すぎるんだよ」と言ったりしたり、 う~ん、面白かった(^^)

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